相続法改正(遺産分割)
相続法の改正により,遺産分割について,いくつかの大きな変更点があります。
その中でも,実務上,大きな改正点が以下の3点です。
(1)持戻し免除の推定規定(新法903条4項)
ア 旧法下
旧民法上,各相続人の相続分を算定するにあたっては,遺贈及び一定の要件を満たした生前贈与については特別受益として相続財産とみなし,受益分を相続財産に持戻して計算が行われます(旧民法903条1項)。
例えば,被相続人の財産として1000万円の居住用不動産,1000万円の預貯金があり,相続人が妻と子の2人の場合,たとえ生前に被相続人が居住用不動産を妻に贈与していても,居住用不動産を相続財産として持戻して計算するので,2000万円の財産を妻と子で1/2ずつ分けることになります。よって,たとえ被相続人から生前に贈与を受けたとしても,これを受けなかった場合と取得できる財産は変わりませんでした。
イ 改正相続法(施行日:2019年7月1日)
しかし,夫婦間における居住用不動産の贈与は,本来,配偶者の老後の生活保障として行われることが一般的であり,居住用不動産を相続財産として持戻し計算を行うのは被相続人の意思に沿うものとはいえません。
そこで,新民法903条4項では,①夫婦の一方である被相続人が,他の一方に対してする遺贈又は贈与②婚姻期間が20年以上③遺贈又は贈与される対象物が居住用不動産,という3要件を満たす場合には持戻し免除の意思表示があったものと推定することで,居住用不動産を持戻し計算から除外しました。
これにより,配偶者相続人は,1000万円の居住用不動産を取得すると同時に,相続によって500万円の預貯金を取得することできるようになります。結果として,配偶者はより多くの財産を取得することができるようになるのです。
(2)預貯金の仮払い制度(新法909条の2)
ア 旧法下
預貯金債権は,遺産分割の対象とされています(最判平成28年12月19日)。例えば,被相続人に預貯金が3000万円あり,相続人が妻と子の2人の場合,相続開始と同時に妻と子が預貯金を1500万円ずつ取得するのではなく,遺産分割が行われるまでは,妻と子で預貯金3000万円を準共有することになるのです。
この平成28年最高裁判決定が現れるまでは,遺産分割前であっても相続人の一人からの法定相続分に応じた払戻請求に応じる金融機関もありました。しかし,平成28年最高裁決定を受け,各金融機関は,各相続人からの払戻請求には応じない方針を強化し,相続人全員の同意があって初めて預金の払戻しに応じることになりました。
イ 改正相続法(施行日:2019年7月1日)
しかし,被扶養者の生活費,被相続人の葬儀費用,相続債務の弁済など,相続預金を払い戻す必要が生じる場合があることから,改正相続法では遺産分割前でも,相続人が単独で払い戻しを受けることができるようになりました(新民法909条の2)。
払戻しができる金額は,相続開始時の預貯金債権額×1/3×共同相続人の法定相続分とされています。もっとも,払戻しを受けることのできる金額には上限があり,債務者(金融機関)ごとに法務省令で定める額(150万円)とされています。
上記具体的では,3000万円×1/3×1/2=500万円>150万円なので,妻と子は,金融機関に150万円ずつ払戻しを求めることができるのです。
ウ 相続預金の仮分割の仮処分の要件の緩和(新家事事件手続法200条3項)
旧家事事件手続法200条2項では,遺産分割の審判又は調停の申立てがある場合,「強制執行を保全し,又は事件の関係人の窮迫の危険を防止するため必要がある」という厳格な要件でのみ,仮分割の仮処分が可能でした。
新家事事件手続法200条3項では,この要件を緩和し,遺産分割の審判又は調停の申立てがある場合「相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁等のため遺産である預貯金債権を行使する必要がある」場合に,預金債権を仮に取得できるようになりました。
(3)遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲(906条の2)
ア 旧法下
相続開始後,遺産分割前に共同相続人が遺産に属する財産を引き出し,使い込んだ場合,遺産分割は分割の時に実際に存在する財産を分配する手続であるとされていることから,処分された財産は遺産に含まれません。よって,処分された財産を除いて遺産分割が行われ,処分された財産については,不法行為の損害賠償請求又は不当利得の返還請求での回復を求めることになります。
もっとも,遺産分割時に存在しない財産でも,相続人の全員がそれを遺産分割の対象に含める合意をすれば,既にない財産も遺産分割の対象とすることができます(最判昭和54年2月22日参照)。
イ 改正相続法(施行日:2019年7月1日)
改正相続法では,遺産分割前に遺産が処分された場合でも,相続人全員の同意があれば,処分された財産が遺産分割時に存在したものとみなすことが規定されました(新民法906条の2第1項)。これは従来の取り扱いを明文化したものといえます。
改正相続法では,さらに共同相続人により遺産が処分された場合でも,当該共同相続人以外の相続人全員の同意がある場合,処分された財産が遺産分割時に存在したものとみなすことが可能となりました(新民法906条の2第2項)。これにより,従来,地方裁判所で争っていた遺産の使い込みを,家庭裁判所で話し合うことが可能となりました。
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