遺言の無効を争いたい
第1 遺言が無効になる場合
遺言が無効となるのは、どのような場合でしょうか。代表的な例として、以下のようなものがあります。
【遺言が無効になる代表的な例】 ①自筆証書遺言で、形式的な要件を満たしていない場合(押印がない等) |
1 自筆証書遺言の要件を満たしていない場合
自筆証書遺言は、遺言者が、全文、日付、氏名を手書きで記載し、押印をする必要があります(民法968条1項)。この要件を欠く場合、例えば、押印がなかったり、パソコンで作成したものであったり、日付がないものは無効になります。
2 遺言能力がない場合
遺言の作成時に、遺言能力がなかった場合も、遺言は無効となります(民法963条)。遺言能力とは、遺言の内容を理解し、遺言の結果を判断することができる能力です。例えば、認知症などの影響で、「誰に何を相続させる」など遺言書に書かれた内容が理解できないような状態で作成された遺言書は、遺言書の形式的要件を満たしていても、無効になります。
公正証書遺言の場合、遺言の作成過程に公証人が入り、公証人が遺言能力を一応確認した上で作成しますので、遺言書が有効と判断される可能性が高いでしょう。ですが、公正証書遺言であっても遺言能力がなく無効であると判断されている裁判例もありますので、公正証書遺言だから無効にならないという訳ではありません。
第2 形式的要件を満たしていない場合の争い方
自筆証書遺言の形式面を満たしていない場合の遺言無効は、比較的わかりやすいです。例えば、押印がない、日付がないなどは、遺言書を見れば明らかです。ですので、相手も遺言の無効を認める可能性が十分にあります。
このため、このとき無効を争う場合は、まずは遺言書を有効であると主張する相続人と話し合いを行い、形式面の不備を指摘します。その上で、遺言が無効であることを前提に、法定相続分で遺産分割をする方向で相手と交渉します。
相手との話し合いがうまくいかない場合は、調停を申立てて話し合うか(調停前置主義)、遺言無効確認訴訟を提起して争うことになります。
第3 遺言能力がない場合の争い方
1 まずは証拠を収集する
遺言能力がないとして遺言の無効を争う場合は、医学的知見も必要となり、様々な事情から総合的に判断することが必要であるため、遺言が無効となるかの判断は難しいです。このため、まずは事前に証拠集めを行うことが重要になります。この場合、どのような証拠を集めれば良いでしょうか。
【集めるべき証拠の例】 ①介護認定調査に関する資料(認定調査票) |
介護認定調査に関する資料(認定調査票)は、介護認定の際に作成される書類で、市町村の担当者が聞き取り調査などを行った結果などが記載されています。この認定調査票は、その作成当時の本人の健康状態や精神状態、例えば、お金の管理ができているか、会話ができるか、日常の意思決定ができるか等の情報が記載されているため、訴訟においても重要な証拠となります。
診療記録や、介護サービス事業者が保有する資料は、それぞれ受診していた医療機関、介護サービスを受けていた事業者から資料の提供を受けます。これらの資料には、遺言者のその当時の健康状態が事細かに記載されているため、これらも訴訟で重視される証拠です。
これらの資料の収集には、手間がかかりますが、遺言無効訴訟を提起する場合には必須の証拠と言えますので、必ず取り寄せるようにしましょう。
2 話し合いでは解決が難しい
遺言能力がなかったとして遺言の無効を争う場合、相手との話し合いで解決することが困難な場合が多いでしょう。認知症だけれどもある程度の判断能力があったような場合など、判断が微妙な場合もあり、話し合いでは、お互いの主張が平行線になる可能性が高いです。
遺言無効の争いについては、まずは家庭裁判所で調停をすることになっていますが(調停前置主義)、調停も話し合いで解決することを目指す手続になりますので、調停では決着がつかない可能性があります。このため、調停を起こすことなく最初から遺言無効確認訴訟を起こして争うことも多いです。残された解決手段は、遺言無効確認訴訟しかないのです。
第4 遺言の無効はどのように判断されるか
1 判断要素
遺言無効確認を求める裁判では、遺言能力の有無はどのような点から判断されるのでしょうか。
【遺言能力の判断の際の考慮要素】
①遺言書作成時における認知症等の精神上の障害の存否、程度 |
このうち、①と②は密接に関連しています。
つまり、遺言書の内容が簡単な内容であれば(すべての財産を一人に相続させる等)、認知症がそれなりに進行していたとしても、遺言書の内容を理解することができたとして遺言が「有効」と判断されやすくなります。一方で、複雑な内容の遺言であった場合は、認知症がさほど進行していなかったとしても、遺言内容を理解することができないとして遺言が「無効」と判断されやすくなるなるのです。
また、遺言者と険悪の仲であった子に全財産を譲るという内容であるとか、全く関係のない第三者に財産を譲るという内容であるなど、遺言内容が不合理であると思われる場合場合、そのような遺言をする動機がないと思われるような場合も、遺言が無効であるとの判断に傾きます。
2 長谷川式簡易知能評価スケール
遺言無効確認訴訟でよく使われるのが、(改訂版)長谷川式簡易知能評価スケールです。これは、誰でもできる簡単な検査方法で、「年齢はいくつですか?」「今日は何年何月何日ですか?」「これからいう数字を逆から言ってください」などの質問に答えられるかによって点数をつけるものです。30点満点で、20点以下の場合に認知症の疑いがあると言われています。
裁判の際には、この長谷川式簡易知能評価スケールの結果は、一つの大きな判断要素になりますが、点数が20点以下であれば直ちに遺言能力が無いということではありません。
第5 裁判の進め方
1 和解について
裁判では和解を行うことも多いですが、遺言無効確認訴訟の場合、和解が難しいケースが多いようです。というのも、遺言が有効であるか無効であるかによって、当事者の遺産の取り分が大きく変わってくることや、当事者の感情的な対立が大きいためです。
裁判が進み、尋問(証言)手続まで進むと、当事者間の感情の対立がますます大きくなる可能性があるため、和解をするときは尋問前に行うことが多いようです。また、和解を成立させる場合は、別に遺産分割協議書などを作成して、遺産の取得について決めておくのが望ましいです。
2 判決による解決
裁判で和解することが難しい場合は、判決をもらって解決することになります。判決では、その遺言書が有効であるか無効であるか、裁判所がはっきりと結論を出してくれます。
ただし判決だけでは、その遺言が有効であるか無効であるかが決まるだけなので、その後の処理を行うことが必要となります。遺言書が無効であれば、法定相続分で相続することになりますが、遺産分割をすることが必要となります。一方、遺言書が有効で、その遺言内容が相続人の遺留分を侵害する内容であった場合は、遺留分侵害額請求を行うことが必要になります。
3 遺言無効を争うことは大変
遺言能力がないとして遺言無効を争う場合は、大きな労力が必要であり、また裁判までいくと解決まで数年かかることもあります。このため、紛争が長期化する可能性があることを踏まえ、自分にとって最も良い解決方法を探ることが必要です。ときには争いを避けて和解という選択を取った方が良いこともあります。
このように遺言無効を争うことは大変なため、弁護士に依頼して解決するのが良いと言えます。遺言無効でお悩みの方は、是非一度法律事務所瀬合パートナーズにご相談ください。
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